表題の通り、四半世紀+十年ぶりに(35年と言えっ!てか)東京モーターサイクルショーへ行ってきました。
ゆりかもめも始めてならば、大きい斎藤さんも始めてでした!?
はじめてその名称を耳で聞いた時、ビッグサイトウと聞こえた私は、「きっとその建物を建造した社長様は恰幅のよい大きなサイトウさんに違いない。」と思ってました。
が、本当のところは、東京ビッグサイトだったとは。(笑)(笑)
当日はあいにくの雨模様でしたが、かなりの人の入りでした。
もうコロナ明けたのか?っていうくらい。
でもまだいるからね、感染者。
もちマスク着用は欠かせません、ほかの見物客も皆してましたよ。
で、館内の回ったところですが、私は古い人間なんで、バイクはノンカウルで、昔のバイクって形じゃなきゃダメな人なの。
イマドキのバイクって、なんかエイリアンが乗ってるような、空飛びそうな形してるじゃないですか。
食わず嫌いかもしれないけど、あの形はどうも好きになれん。
やっぱ、バイクはノンカウルの丸目ライトがいいかなー。
そんなんで、そういうバイクがあるブースをうろうろしていました。
この写真みたいに。
カワサキZ400FX。(この展示のバイクが、もどきだったらごめんなさい。)
確か私が高1の時?に発売されて、驚異的なセールスを記録したバイクだ。
このFXが出るまでは、藤森慎吾氏も所有してたホンダCB400four(通称:ヨンフォア)が人気だったようですが、FXはかなり馬力が上で、スタイルがナナハンといっても通用するほど大きくて武骨なデザインが人気を呼んで、ヤンキーにも大人気だったんだ。
そのため暴走族車のベース車=FXというありがたくないイメージも付きまとってしまい、、
さらにこんな都市伝説もあった、「タンクカラーが赤のFXは不吉、呪われてる。」
ガッコに内緒でFXを乗り回してた○○が事故ったとか、どこそこで死人が出たとか、、
あれは超人気車だった故の都市伝説だったのかな。
いやぁ、青春がよみがえります。
あの当時、千葉県はバイク三ない運動※が盛んで、高校生の時に乗ることはできなかったけど、卒業をまじかに控えたときから中型免許を取るために教習所に通って、卒業前に250㏄のバイク買って乗り始め、いたく感激したのをよく覚えてます。
※三ない運動とは、高校生を対象にバイクの「免許を取らせない」「買わせない」「運転させない」の三つを指針とした 運動で、1970年代に一部の県や学校で始められていた。
18歳から22歳くらいまでの私の青春はバイクとともにあり、その当時の相棒がこのZ400FXに乗ってたので、愛着があります。
こんな写真も見つかった。
相棒のFⅩのエンジンをYUZOが乗せ換えてる写真です。
相棒のFXはいつからかマフラーから白い煙を吹くようになり、エンジン内部でオイルが燃えてしまってるのは明白でした。
それを見るに見かねた私は、後輩から色違いのエンジンをタダでもらい、そっくり相棒のFXに乗せ換えたのです。
なんで色違いのエンジンかというと、当時FXには兄弟車のZ400LTDというアメリカンタイプのバイクがあって、エンジンの諸元は一緒で互換性があったのです。
換えたばかりだったいう湿式クラッチもそっくり乗せ換えて、相棒のバイクは復活を遂げたのでした。
あの頃のバイク仲間は皆アラカンの年齢となり、バイクは全員降りてしまいましたが、昔を懐かしく思い起こせた一日となりました。