アラ還からの副業ビジネス挑戦

56歳からの人生を賭けた副業挑戦、アラ還でも成就出来ることを身をもって証明したい。

【懐かしの昭和を振り返る:第10回 自動2輪免許の限定解除挑戦は苦労の連続でした】

 

昭和60年夏。初めて行った北海道ツーリングでナナハンとの差を思い知らされ、自身の免許証の限定解除をすることを誓った。

 

試験は試験場での一発勝負のみ。当時の苦労話にお付き合いください。

(1996年9月の法改正から教習場で取得出来るようになったようです。)

 

 

 

パソコンもスマホもなかったけれど、緩くて自由で熱かった昭和



昨年の5月から令和という新しい時代が幕開けし、昭和を引き継いで31年続いた平成はその幕を閉じました。
前回の東京オリンピックイヤーに生誕したカーペンターyuzoは【懐かしの昭和】が大好きでした。

まだパソコンもスマホもなかったけれど、すべてが緩くて
自由で熱かった時代ー昭和。

 

【昭和60年】遊び編

 

 

限定解除に挑戦開始、まずは事前審査から

 

限定解除するためには2つの試験をパスしなくてはならない。

事前試験にパスしたあと、本試験に進むというものである。

 

まず事前審査から。これは、倒れたバイクを引き起こすというものと、センタースタンドを立てるというものであった。

 

倒れたバイクの引き起こしについては、実体験はそう多くはないが苦もなく引き起こすことが出来た。

 

問題はセンタースタンド立て。こちらの方が引き起こしよりはるかに多く日常的に行っていた動作なのに、試験車はビクともせず、あっさり不合格となってしまった。

 

日をあらためて2回めの事前審査挑戦。今度は前回のように玉砕とはいかねぇぜと、気合十分で所定の位置に手と足をかけて一気にいこうと思ったが。。

 

ダメだ、上がらねぇ。

 

普通なら途中から テコの原理が働いて、立つハズのセンタースタンドが今回もビクともしなかった。またもや不合格。 

もう次はないと思って猛省をした。

 

 

あの試験車には普通のやり方は通用しねぇと悟り、対策を練った

 

2回も事前審査に落とされて悔しく悔しくて、軽くみていた事を猛省し、先人や同じ時期に挑戦していた仲間と情報を共有した。

 

「あの試験車の燃料タンクには重量を重くするための砂が詰めてある」

「あの試験車のセンタースタンドは テコの原理がつかえないよう加工されている」

 

こんな噂話が出てきたが、後者の テコの原理がつかえないという説には信憑性があった。当時の私はやせっぽちで非力な部類に入ったが、仲間のナナハンのセンタースタンドは苦もなく立てられたのに、試験車はホントにビクともしなかったのだ。

 

そこで体力勝負では勝機はないとあらため、頭脳勝負を挑むことにした。

 

具体的にはこうだ。

通常はバイクの向いている方向と垂直に立ち、右足も垂直に向けてセンタースタンドの足かけ場所に足底を乗せるが、それでは試験車のセンタースタンドは立てられない。

 

そこで考えたやり方は、バイクの向いている方向と平行に立ち、右足も平行に向けてセンタースタンドの足掛け場所に足底を乗せるというもの。

 

さらに、お尻の右側半分を後ろのコイルスプリング(サスペンション)に押し当てて、右足底に力を入れると同時にお尻でもバイクを後方に押し動かすというものだった。

 

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上図は通常のセンタースタンドの立て方。バイクの向きと垂直に立つが、これでは試験車はビクともしなかったので、カラダがバイクと平行になるように立ち、赤く囲ったスプリング部にお尻の右半分を押し当てて、右足底に力を入れると同時に後方へグッと押し下げる動作を行う。

 

練習では400CCのバイクのリヤシートに仲間を座らせて、何度も何度も前述の動作を繰り返し練習した。

 

 

3度めの正直、センタースタンドがやっと立てられた

 

もう次はないと思って反復練習を積んで望んだ3回目の事前審査。

練習したとおりにカラダを試験車に密着させて、一気に後方へパワーを開放した。

 

やった!3度めの正直。センタースタンドをようやく立てることが出来た。

 

事前審査に予想以上の時間を費やしてしまった。

 

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